そもそも「狐」って? 基本的なことについて。
LAST UPDATE 2006/3/9


名称
 狐。別名は多く、古くは「きつ」と称しました。

 さしなべに湯沸かせ子どもいちひつの檜橋
より来む狐きつに浴むさむ   『万葉集』巻十六

 「きつ」は鳴き声に由来するともいわれます。「たうめ
とうめ」「命婦みょうぶ」と云うこともあります。
 
多く用いられる別名に「野干やかん(射干)※」があります。これはもともと中国では別の動物を指す名称で、翻訳の際に日本に該当する動物がなく、よく似ていたのが狐であったために誤用されたようです。
 方言を集めた『物類称呼』(越谷吾山、安永4年(1775))には「関西にて昼はキツネ夜はヨルノトノと呼ぶ。西国にてはヨルノヒトといふ。又関西にてすべてケツネとよぶ也。」 とあります。「ケツネうどん」とか、そんな感じですね。対して東国では夜が「トウカ」となりますが、忌言葉で「稲荷」を音読したものです。

 「きつね」の語源『日本霊異記』上巻‐2の「来つ寝よ」が変じて「きつね」になったという説が有名ですが、「黄」+「つ」+「ね(猫)」ではないか(谷川士清『和訓栞』安永4年(1775)頃) とか、「きつ」+美称「ね」(大槻文彦『言海』明治37年刊) とかイロイロあります。

※射干やかん:『大和本草』によると「犬に似て人を食い、よく木に登る」動物らしいです。中世〜近世に狐にたいして主に「野干」の字をあてて誤用されます。
 なお、多くの場合「野干」もしくは
「野狐(やこ/下記)と呼ばれる場合の狐は、動物(畜生)としての狐ないし害悪をなす獣としての狐です。


狐の生態
狐の外見
 「形犬より小く、毛黄赤にして、腋の下白し、喙(クチ)尖り、尾大く、軽捷にして疾く走る。人家に近き山などに穴居す。性、はなはだ狡猾にして、夜、人家に入りて鶏を取り、食物を盗む。また黒狐、白狐もあり」(『言海』)
 黒狐(玄狐)白狐はそれぞれ『続日本紀』『日本書紀』に現れています。全般的に白狐のほうが圧倒的に多く登場しますが、黒狐も近世ごろまで継続して出現します。絵画等に多く、白狐と対に描かれます。伏見稲荷大社の御神符でも対となっています。
 正徳2年(1712)に寺島良安の著した類書『和漢三才図会』では「(『本草綱目』によると)白色のものは大へん稀である。尾に白銭文のあるものも佳い」と説明しています。
 江戸に数多いお稲荷さんでは、「祠者の白狐夜ごとに尾の先照りて、台嶺の松にかがやけり(『江戸砂子』「小野照崎大明神」)」 など、多彩な狐が登場します。
 

食性や生態の特徴
 「好物は小豆飯、油で揚げた物である(『和漢三才図会』)」 ここでは「油で揚げた物」とされていますが、遡っていくと「鼠の唐揚」に行きあたり、時代が下がると「油揚」になります。インド〜中国あたりに鼠の油揚げの発端がありそうです。
 聴覚に優れることから、「氷をよく聞く」といわれ、信州諏訪湖では、湖面の結氷期に、人が歩いて渡れるかどうかを、狐が渡るかどうかによって判断する風習が知られ、一方でトラキア人(紀元1世紀ごろまで現在のブルガリアあたりに勢力をもった民族)の信仰にも同様の内容があるそうです。トラキア人の信仰では、このことに由来し、先導者のイメージを持つそうです。おそらく聴覚に優れた狐たちの観察から、「先に知ることができるもの」のイメージが成立したのだと思います。『予兆性』が信仰されたりするのもこんなところが発端だろうと思います。
 「犬を畏れ、もし犬に逐われて窮迫すると必ず屁をひる。その気(におい)は悪く臭くて犬も近づくことはできない(『和漢三才図会』)」 らしく、相互リンクサイトの「REDFOX」のMIRIさんも「
久しぶりにシャンプーをしました。お風呂場がキツネ村の香りになりなかなかリッチです(?)」(2005年7月) とあり、確かに臭いみたい。ただ、この場合の匂いよりも「放屁」とよばれているものは一層強烈なもののようです。「もし犬を駆って逐えば必ず放屁する。その放屁に当たれば、人は悩み犬は迷うて近づくことが出来ない(『本朝食鑑』)」 臭腺からの匂いなのでしょう(臭腺は犬にもあります)。キツネの汗腺は臭腺ばかりではないのですが、臭腺で生成される臭いが極端にくさい(老廃物を醗酵させている)。ちなみに尾の付け根のスミレ腺の臭いはスミレの香りらしいけど、生物学以外の文献では見たことがありません。
 「刀を頸にさしあてると、女、えもいわれぬ臭き尿をひっかけ、安高が驚いている間に、女は忽ちに狐になりて門より走り出て、こうこうと鳴いて大宮登に逃げ去った(『今昔物語』巻27‐38)」 これがその屁の、たぶん初出。被害者は播磨安高さん(近衛舎人)。

 「わが国では狐は諸国にいる。 ただ四国にはいない(『和漢三才図会』)」ということで、「四国には犬蠱ありて狐魅なしといふ(『和訓栞』)」だそうです。また佐渡ヶ島にもいません。実際のところ現在四国では生息が確認されています。

 寿命はすこぶるながいものです。 
◎「狐は五十歳になるとよく化けるようになり、百歳では美女に化け、神巫
かんなぎとなり、ますらおとなり女子と交接す。千歳になると千里の外の事を知るようになり、天と通じ天狐となる(『玄中記』)」、
◎「千歳になると始めて天と通じ、人を化かすようなことはしなくなる(『五雑組』)」
 寿命の件はほぼ中国文献に依拠します。
◎「数百歳になるものも多く、これらはみな人間の俗名を名乗っている(『和漢三才図会』)」
 これらのことから日本では、狐使いの使役する狐の一種「くだ狐」の寿命も永いものと考えられ、ために、「狐使いの死亡後にくだ狐は何処へ行くのか」という疑問さえ生まれます。(※くだ狐の項を参照ください)

◎「三徳(智・仁・勇)を持っており、色は中和、身体は前が小さく後ろが大きい」 動物で、「狐は死ぬときは首を丘に向ける」(『礼記』(中国、AD87年成立))
 参考文献『狐 陰陽五行と稲荷信仰』(吉野裕子)では、「(死ぬときは首を丘に向ける)徳は、よほど中国の人の好みに適っているらしく……」と述べられていますが、日本人の好みかどうかは?です。古いところでは『丹後国風土記逸文』(8世紀前半)に所収されている『浦嶼子』(「浦島太郎」の元となる伝承)の中に「古人言……死狐首岳(死ぬる狐は岳(おか)を首(かしら)とす)」と見えます。狐の三徳はほとんど用いられません。
 『和漢三才図会』では 「死に際の態度は立派で、人が生きた狐の腹を割き胆をとる場合も、狐はあばれず眼をもそらすようなことはしない」 とあり、どうやら実体験(T‐T) 寺島良安の好みには適ってるみたいです。


狐火
 狐と火の関わりは古く、また深く浸透しているものです。
 「狐火は其口気を吐くといへり。或は撃尾出火とも書せり。其火青く燃ゆといへり(『和訓栞』)」 「思うに蛍火は常にみるものであり、狐火もまたまれではない(『和漢三才図会』)」――普通のことですか、そうですか。
 「撃尾出火」ですが、尾を撃って火を出すということで、古いところでは『鳥獣人物戯画』に尾から火を出す狐の絵が見られます。(下左画像)
 「青色で焔芒(ほのお)はない(『和漢三才図会』)」 とはありますが、稲荷社などでは多く「火炎宝珠」の図柄が見え、浮世絵等でも焔があるのが、日本での狐火のイメージとなっているように思います。
 また、江戸時代に記録された伝承には発火の媒体として馬や人の骨等を用いているケースが散見されます。

 狐火は「狐の提灯」と呼ぶこともあります。

安藤広重
『王子装束ゑの木』部分
(参考→「装束稲荷」「王子稲荷」)
『鳥獣人物戯画』(部分)


狐の種類
白狐  白い狐。出現は瑞兆で「日本書紀」より記録がある。

玄狐(黒狐)  黒い狐。出現はやはり瑞兆。伝承では白狐に人気があるが、伏見稲荷大社の御神符をはじめ、白黒一対で描かれるケースが多い。

飯綱
 いづな
 憑物としての狐の名称(種類)の一つ。通常の狐とは区別されていて、イタチがモデルとみられる。

管狐
 くだぎつね
 憑物としての狐の名称(種類)の一つ。通常の狐とは区別されていて、これもイタチがモデルとみられる。狐使いが節を抜いた竹筒にこれを誘い込み、これを操るとされる。ここから管狐の名がある。予知予言ができ、また人に憑かせることも出来るとか。遠州に多いとされた。

人狐 ひとぎつね  憑物としての狐の名称(種類)の一つ。

天狐
 テンコ
 あまぎつね
 あまつきつね
@天狐については多くのことがいわれており、星の名飛行する獣の名とも。『日本書紀』には「天狗」と書き「あまぎつね」と訓む箇所がみられます。星は「天狗テンコウ星」といわれて、昼にも輝く流星。舒明天皇九年(637)に出現した流星を、唐からきていた僧旻が「これ天狗あまつきつねなり」「その声雷音に似る」としている。
※ハレー彗星を調べたら周期76.1年で、617年・693年が該当、これはハレー彗星とは別みたいです。
A 中国由来の説として『玄中記』では「千歳を超えた狐は天と通じ天狐となる」とされます。
B密教では天狐地狐人狐(人形)という認識があり、天狐地狐にあたります。

地狐 (天狐の項Bを参照ください)

人狐 ジンコ (天狐の項Bを参照ください)

辰狐  天狐・地狐のあと、鎌倉時代にダキニ天法から現れてきたもの。霊性のある狐。
 それ以前にあった「天狐」の語の持つ天狗と通じるイメージや妖狐のイメージを取り去るために新たに設けた語か。(この項自信なし(T‐T))

野狐 ヤコ  霊性の認められる狐、稲荷信仰にまつわる狐と区別された「一般の、動物としての狐」のこと。江戸に多くある狐の伝承をはじめ、中世より狐のはたらいた悪事はほとんど「野狐」のしわざとされる。スケープフォックス?


狐のことわざ
・慣用句
 「狐」単体で隠喩の意味を持ちます。@狐つきのこと。A男をだますもの。遊女。白粉を塗るため「白狐びゃっこ」とも。B性器の小さい女。

狐が落ちる  「狐つき」に対応したもので、狐つきの状態から脱したことをいう。また「狐落とし」といえば狐を捕らえる罠の一つであり、狐つきから脱させる行為のことでもある。
 後者の狐落としの方法については古来数多くのことがいわれていて、祈祷によるもののほか「犬をけしかける」「狼の糞を服用」など。

狐つき
(狐憑)
 一種の精神病で、狐がとりついたために起こると信じられていました。狐魅きつねつき又コミとも。
 古代中国にも狐憑と類似した「狐蠱
ココ」という俗信があったとされます。

狐の嫁入 @狐火が連なって嫁入り行列のように見えるもの。A日が照ったまま雨の降ること。狐日和とも。

狐を馬に
乗せたよう
@落ち着かない様子。動揺するさま。A言う事の信じがたいさま。
 『今昔物語』(巻第27の41)に仁和寺の側で狐が女の童に化け、尻馬に乗っては狐に戻って逃げることを繰り返し、ついにこれを捕らえたという話がありますが、関連の有無は不明です。伏見人形などにも散見されるモチーフです。
※この馬上の狐について、吉野裕子『狐〜陰陽五行と稲荷信仰〜』ではもともと呪術的な意味があったのではないかと指摘しています。

狐施行
 きつねせぎょう
 近畿地方から中国筋にかけて見られる、寒夜に行う習俗。寒施行とも。
 「お施行お施行」と呼びながら赤飯と油揚を稲荷社あるいは狐のいそうな野などに置いて帰る。そのお供えが狐に食べられると吉とされます。
※この寒の時期にかけて、メスのキツネは発情期の絶食をしており、身ごもると同時に猛烈な食欲をおこすといいます。『狐〜陰陽五行と稲荷信仰〜』(吉野裕子・昭和55)によると、稲荷信仰上重要な狐が、食料に乏しいその時期に飢えないために行われたのではないかと説かれています。

狐福 きつねふく  思いがけぬ幸福のこと。

狐に小豆飯  好物を目の前に置けばすぐに手を出すことから、油断のならないことのたとえ。「猫に鰹節」の類。

狐につままれる  狐に化かされたように、ぼんやりすること。

狐の子は頬白つらじろ  子が親に似ていることのたとえ。 娼婦の顔を白くしたものとも。「白面金毛九尾の狐」との関連はないようです。

狐と鼬とは人の眉毛を数える 「眉唾」の項を参照ください)

狐虎の威を借る 「虎の威を借る狐」とも)何のとりえもない者が、他人の威勢を借りて威張ること。
 由来は前漢の学者劉向の『新序』の説話。昔、狡猾な狐が虎に向かって自らを「百獣の王」であると云い、証拠を見せようと連れ立って歩いていると、これを見た諸々の獣たちが畏怖した。虎は「なるほど」と思ったが、獣たちは虎に畏怖していたのである、という話。

狐鳴くときは三日の中に雨降る  俗説、らしいです。由来および信憑性は不明。

狐の七化け
狸の八化け
 人をばかすことに、狐より狸が一枚上手だという俗説。
 ……いやいや狐の方が芸術的ですよ。

眉唾 まゆつば  野狐あるいは妖怪の類に出会ったら、眉に唾を塗ると化かされないという俗信。転じて欺かれぬよう用心すること。
 狐や鼬が人を化かすときは、その眉を数えるといわれ、数えられないようにするために眉に唾を塗ったもの。
 その根拠は定かでありませんが、その昔人皇五十六代清和天皇の御幼少の砌のこと、幼時狐狸の類をたいへんに嫌っておられたため、あるとき庭で狐が走ったのをみて、側に居た忠仁公(藤原良房)が戯れて「其魔、伏させたまえ」と云ったものを天皇は「眉を伏させたまえ」と聞き違えて御指にて両眉を撫でて伏せ給うたとの話があります。

同じ穴の狐  「同じ穴の狢むじなと同義。明治以前には「狐」とするのが一般的のよう。こんなところまで目を通してしまったアナタは、これから「同じ穴の狐」。

九尾狐  中国古典に於いて、狐は小前大後(末広がり)なので、祥瑞とみなされることが多いが、その狐の尾が九つ(最大数)にも分かれているとなれば、更なる末広がりとして吉祥のシンボル。君王の徳が鳥獣に及んだときに出現するとされた。
 我が国でも『延喜式』に上瑞として挙げられている。
 ところが金毛九尾の妖狐・玉藻の前の伝承が広まることにより、九尾狐=凶物のイメージがついてしまった。
 

狐玉(狐珠)  『甲子夜話』に繰り返し現れる「毛玉」。何べん読んでも毛玉。(笑) 猫と一緒なのか? 文脈から察するに、狐のくれたありがたいもの。いずれにしても江戸の人は狐が大好き。
 古来、狐は「玉」を持つものとされており、その「玉」が何かということについて諸々の説明がされています。「玉」の意味はさておき、『狐の玉』という伝説の宝物があるという前提から、このような話が発生するに至っています。

 以下は『甲子夜話』の例です。

 巻61-20「狐玉・雀玉」    
(あらすじ)数寄屋橋某邸の稲荷祠に正一位を勧請した折に、祠の檀上に発見された。この狐玉は珍しいことに黒白斑の毛玉だった。

 巻100-5「狐珠牛珠」
(あらすじ)寺社奉行が旋毛のものを「狐玉なり」と見せびらかした。他にも多数の発見事例があり、下谷の骨董屋で買い求めた者さえいる。多過ぎて信用できない。

 いずれも、軽く信心している様子で、「雀」「牛」それぞれから出た例も述べるが、これらにはお守り程度の期待もされていない。全て文政年間(1818〜30)の見聞。

狐のつく語・
その他
狐矢 @射たときに音のしない矢のこと。A流れ矢のこと。

狐釣 @わななどをしかけて狐を捕らえること。A遊里などで行われた遊戯の一つ。

狐拳 きつねけん  遊戯の一つ、拳法ではない。二人で向き合い、「狐」「庄屋」「猟師」のいずれかの身振りをし合って勝負をあらそう。狐は庄屋に勝ち、庄屋は猟師に勝ち、猟師は狐に勝つ。

狐塚
 きつねづか
 コヅカ
@狐のすむ穴。また、それを祀ったもの。A狂言の演目の一つ。田の番をしていた太郎冠者が次郎冠者を狐と誤って捕らえ、松葉でいぶす話。

狐忠信
 
きつねただのぶ
 浄瑠璃『義経千本桜』四段目の俗称。静御前の持つ「初音鼓」に張られた狐皮の子の狐が佐藤忠信に化けて活躍し、義経から源九郎狐の名をもらう話。

狐焼 狐色に焼くこと。また、そのもの。

狐窓 きつねまど  家の上部につけた明りとりの窓。上野公園花園稲荷神社にある窓はある意味「狐窓」のようにも思えますが、どうなんでしょう?

狐戸 建具の一。狐格子とも。

狐丼 刻み油揚を玉子でとじて飯にのせた丼。きー丼とも。関西のものです。

『鳥獣人物戯画』(部分)※手に提げているのは稲穂

主な参考文献
『塵袋』13世紀後半※平凡社東洋文庫版
人見必大『本朝食鑑』元禄10年(1697)※平凡社東洋文庫版
貝原益軒『大和本草』宝永7年(1710)※有明書房・昭和53年刊
寺島良庵『和漢三才図会』正徳2年(1712)成立※平凡社東洋文庫版
熊代彦太郎『俚諺辞典』金港堂書籍・明治39年刊
吉野裕子『狐〜陰陽五行と稲荷信仰〜』法政大学出版・昭和55年刊
新村出『広辞苑』岩波書店・第三版昭和58年刊
中村禎里『狐の日本史 古代中世篇』日本エディタースクール出版部・平成13年刊
荒俣宏『世界大博物図鑑』第3巻・平凡社・平成2年刊
大久保忠国・木下和子『江戸語辞典』東京堂出版・平成3年刊