渋谷 金王八幡宮
所在地 渋谷区渋谷3−5−12
御祭神 應神天皇(品陀和気命/ほんだわけのみこと)
八幡大神
「文武の神」「平和の神」「母子の神」
「子授・安産・子育の神」

福徳開運」「厄除」「良縁」「渡航交通安全」
神事祭典  9月14・15日   例大祭
 
 

渋谷 金王八幡宮
 寛治6年(1092)、渋谷氏の祖・河崎土佐守基家の創始といわれます。
 高望王(平高望)の後裔・秩父武基が、源頼信の平忠常追討にて大功を立て軍用の八旒を賜り、内、日月の二旒を秩父妙見山に八幡宮として鎮祭しました。
 武基の子武綱は、義家軍に従い功を立て、河崎土佐守基家の名を賜り武蔵谷盛の庄を与えられました。武綱はこれ即ち月旗の加護なりと義家とともに当地に来、月旗を奉じて八幡宮を勧請しました。
 武綱の嫡子重家のときに「渋谷」の姓を賜り、渋谷氏は八幡宮を中心に館を築き居城とし、八幡宮を氏族の鎮守として崇めました。
 当社は「渋谷八幡宮」と称していましたが、これが渋谷の地名の起こりともいわれます。後に金王丸常光(17歳のとき源義朝に従い保元の乱に参加し大功をたて、麿の称号を賜る)の名声にちなみ「今王八幡宮」と称するようになりました。渋谷・青山の総鎮守として崇められております。
 現社殿は慶長17年(1612)に建てられたものです。家光幼少時、三代将軍を弟忠長が継ぐという風説を案じた乳母春日局が当社に祈願を重ねたことから、後に家光の具足始の儀が行われるに及び、社殿を造営したといわれます。

(渋谷金王八幡宮「参拝の栞」より抜粋)
 明治33年8月建之、石工 中村勝五郎、氏子中の奉納。中村勝五郎は「青山石勝」その人です。彼の膨大な作品群には「中村勝五郎」と「青山石勝」の二通りの署名が見られます。後者には弟子の作と見られるものがあります。
 作品の大きさからではなく、山を仰ぐような心持ちがします。隆々としていますが、躍動せず、静かさを感じます。

境内社 玉造稲荷神社
稲荷大神を祀る。商売繁盛・学業成就の御神徳が高い。
渋谷金王八幡宮
「参拝の栞」より
 昭和47年9月15日の奉献のおキツネさん。

金王丸御影堂
 金王丸17歳、京都への出陣の折に、自分の姿を彫刻して母に残していったと伝えられる金王丸の木像を安置しています。江戸名所図会にも載っています。
渋谷金王八幡宮「参拝の栞」より

 宝暦9年(1759)4月24日。ぺちゃ顔の狛犬、上記の中村勝五郎狛犬の建立以前は拝殿のほうにいたのかもしれません。そんな狛犬・石狐を「先代」と呼んでいます。でもね、「先々代」「先々々代」「先々々々代」「先々々々々代」ってなってくるとややこしいですね。
 壊れてしまった狛犬・石狐が社の裏なんぞにひっそりとうずくまっていることがあります。そんなとき「先代さん、元気かい?」と呼んでみたりします。

 そうそう、この狛犬は左右とも玉。それは良いとして両方とも左手持ち、不思議です。

境内社 御嶽社
 御嶽大神・大鳥大神を祀る、商売繁盛の御神徳が高い。
渋谷金王八幡宮「参拝の栞」より
 狛犬は昭和12年10月吉日、実践女学校嚶鳴会奉献。


UPDATE 2005/10/27