赤坂 豊川稲荷東京別院
所在地 港区元赤坂1−4−7

宗派  曹洞宗 
主な
年中行事
 1月      初詣
 1月22日   例大祭
 2月節分日 節分会(豆まき式・厄よけ御祈祷修行)
 2月初午   初午祭(開運御祈祷・開運大福引)
 5月22日  例大祭
 6月22日  交通安全祈願祭
 9月22日  大岡祭
11月22日  おこもり

縁日は毎月1日・22日・午の日
毎月15日に読誦会
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
愛知県 豊川稲荷(豊川閣妙厳寺)

赤坂豊川稲荷関東別院
 豊川稲荷は昔、順徳天王第三皇子寒巖禅師が最初感得された稲穂を荷い白狐に跨り給う端麗なお姿の豊川?枳尼(だきに)真天という霊験あらたかな仏法守護の善神です。
 当別院は江戸時代、大岡越前守忠相公が信仰された由緒ある御尊像をまつり、もと赤坂一ツ木の大岡邸にあったものを、明治20年、現在地に奉遷し、愛知県豊川閣妙厳寺(豊川稲荷)の直轄別院となり今日に至ったものです。
「赤坂 豐川稻荷」リーフレットより
 建立は昭和30年頃だそうです。「岡崎市鋳造 藤島貞造、仝 深田藤吉、豊川市 陶山玉次、二科会 形塑 安藤菊男、岡崎市石匠 大山正治、江東区千田町小沼工業所」
 愛知の本山「豊川稲荷(豊川閣妙厳寺)」にあるおキツネさんと同一の原形から作られています。
 前から眺め、裏へまわり、仰ぎ見たり、小突いてみたり……狐じゃない。豊川稲荷さんは好きですが、これは「豊川稲荷にある像」、であって、「おキツネさん像」ではない。誰か「いや、コレは、コウコウこういうワケでキツネなのだよ」と言ってくれたら考えます。僕としては耳が許せないところ。狩りたくなってきます。
 追記:豊川稲荷(豊川閣妙厳寺)には、このおキツネさんがたくさん。どうやら昭和29年からそうなった模様です。

万延元年(1860)・
京橋大刀賣 石工藤兵衛
 ふっくら顔の一対は、特に母おキツネさんに「子だき狐」の立て札がしてありました。優しそうな母おキツネさんに、キリッとした父おキツネさん。
 江戸末のたいへん良いおキツネさん。母おキツネさんの柔和な後ろ姿もいいですね。

開基大岡越前守忠相公御廟
 大岡越前守忠相公は、妙厳寺十九世哲翁万牛禅師に帰依して禅機を証得され、邸内に豊川稲荷社をまつって深く信仰し、政務を遂行した名奉行として今なお名声を轟かせております。
(「赤坂 豐川稻荷」リーフレットより)

奥の院
 奥の院は女神の宮にふさわしい純白の宮。左右の魚がし講の献灯が魚づくし。

銜・巻物 阿?
なし
昭和37年
青山石勝
 昭和37年は中村勝五郎没後の建立ですから、間違いなく弟子の作。
 逞しいおキツネさんは女神の眷属のためか。巻物はダキニ天の経だという話もありますし(「巻物」自体の発生は偶発的なものと思います。これは昭和の作なので)、豊川稲荷に奉献することを強く意識して作られたもののように思います。

三神殿
 宇賀神王(中央)は繁栄を司るといわれ、商売繁昌など多くの人々に信仰されています。太郎稲荷(向右)は健康を守る飛行自在の神使として、徳七郎稲荷(向左)は円満な対人関係をもたらすとされて、さまざまな人々からの信仰を集めています。


※裏にまわると七福神像があります。
(「赤坂 豐川稻荷」リーフレットより)

 左は七福神神。三神殿の裏手に七神そろって鎮座しています。
 右は太郎稲荷、飛行自在の神使。伸びやかなおキツネさんです。

融通稲荷尊天・弁財天・叶稲荷尊天
 融通稲荷と申しますのは、財宝を生む尊天様で正しくは南無如意宝生尊天のことです。皆様が真心をこめて信心すると、金銀財宝の融通が叶えられると言い伝えられています。従って大きな幸せが授かるように願いをこめてお参りしてください。  七福神の中の紅一点で、インド生まれの神。一般には弁天さまと呼ばれ、音楽、弁才、知恵を司る神様です。本殿に向かって左の小高い岩の上にまつられています。  叶稲荷尊天は、因縁除けの守護神で霊験あらたか。御神徳は実に広大無辺です。人生のすべては因縁によって構成されており、禍事災難を取り除いてこそ開運招福が授かります。わがままを捨て清浄に信心してください。
(「赤坂 豐川稻荷」リーフレットより)

千本のぼりゾーンのおキツネさん
銜・巻物 銜・玉
なし なし
陶製・奉献年月日不明
 さすが豊川稲荷です。地元常滑の陶製おキツネさん。奉献者として「日興陶業所」「日興陶業東京営業所」とありますので豊川稲荷さんと並行するように東京進出した会社でしょうか。台石にあたる部分は陶管、この会社の製品ではないかと思われます。ちゃんと当時の電話番号が刻まれていますので、広告としての意識もあったか。

 アジア雑貨風? もともと奥行きのない社にでも居たものでしょうか、不可解な細さで、ここまでくると愉快です。前掛のショートのフリルが絶妙。面白いので下から撮って、調子に乗って上から取ってみました。顔立ちは素直な子なんです。

 昭和12年6月。前掛をめくったら子ギツネが隠れていました。

怖っ。

昭和57年12月吉日
 都内に非常に多く見られるおキツネさんの一、「おむすびクン」。名前は勝手に付けたんですけど顔画像で御納得いただけるのではないかと。
 石狐めぐりでは、台石の記事を頼りにいろいろ想いを巡らせたりするワケですが、台石は必ずしも正しくないのです。王子稲荷神社のメインのおキツネさんもそうですが、往々にして上下は同時に造られていないのです。ここは三つも記事が(T‐T)
 このケースは本体に接合した台石に記事があるので、それが正解。石材が上から下まで常に一緒かといえば、そうでもない。石材ごとの素材特性や、値段が影響して石材を使い分けているようです。その上で後代の積み替えがあるのです。

(*´・ω・)(・ω・`*)ネー

霊狐塚
 以前は御信者から納められた霊狐がところ狭しと並んでいましたが、遷座百年祭を記念して霊狐塚が建立され、現在ではおたき上げ供養をして地下へ納符されております。
(「赤坂 豐川稻荷」リーフレットより)

銜・稲穂 吽?
作者・奉献年月日
不明
 珍しい稲穂を銜えたおキツネさんです。全国的に見ても少数派。全体的な造形から石勝系ではありますが、記事等はなく不明です。また参道に出られると良いですね。

 霊狐塚はお役御免となったおキツネさんの供養塚。お墓のようなものではありますが、キツネの園(?)。即現役復帰できそうなOB・OGたち。地下も拝ませて頂きたいものです。


 それはそうと、一人ものすごく落ち込んでるヒトがいました⇒
何でこんな目に……


UPDATE 2005/11/9