王子神社
所在地 北区岸町1−1−12
御祭神 伊邪那岐命
伊邪那美命
天照大御神
速玉之男命
事解之男神
「開運除災」「子育大願」
神事祭典  1月 1日     歳旦祭・初詣
 2月11日     建国祭
 8月第1日曜日 例大祭「槍祭」
           ※隔年で「連合神輿渡御」
11月        七五三
12月 6日     熊手市:東京最後の酉の市
12月31日
   大祓
 
 
 
 

王子神社
 王子の地名の起源は、元享2年(1322)に領主の豊島氏が熊野より当社を勧請したことから起こります。
 この後、代々の領主に篤い崇敬をうけてきました。当社には北条家の朱印状が残っており、また徳川時代には、社殿の造営・縁起絵巻の奉納・飛鳥山の寄進など歴代将軍の尊崇がありました。
 熊野三社の御子神「王子大神」は「開運除災」の神徳を以って崇敬されますと共に、春日局が当社に祈願して、めでたく家光の将軍就任がかなった故事から、「子育大願」の神社として、お宮参りや七五三などにも御神徳があります。
 明治元年には東京を守護する東京十社として「准勅祭社」に任ぜられ、以来、東京の北方守護として鎮座しております。
王子神社「王子神社」リーフレットより作成
 昭和51年6月吉日。昭和後期ともなると、狛犬にもおキツネさんにも量産化の波が行き渡り、「作者名」が消滅します。近世の作で作者名が刻まれない場合とは、全く意味の異なることです。
 王子神社のこの狛犬は、姿もよく彩色も綺麗になされています。

 お、布袋さん発見♪

境内末社 関神社
 御祭神は 蝉丸公 逆髪姫 古屋美女 です。
 蝉丸公は延喜帝の第四皇子にして和歌が巧みなうえ、琵琶の名手として知られました。
 蝉丸公は、髪の毛が逆髪である故に嘆き悲しむ姉君のために侍女の古屋美女に命じて「かもじ・かつら」を考案し髪を整える工夫をしたことから「音曲諸芸道の神」並びに「髪の祖神」と崇敬を集め「関蝉丸神社」として、ゆかりの地、滋賀県大津の逢坂山に祀られております。江戸時代に「かもじ業者」を中心としてその御神徳を敬仰する人々にて、ここ王子神社境内に奉斎したのが、当社です。
 昭和20年4月13日、戦災により社殿焼失しましたが、人毛業界がこれを惜しんで浄財を募り、昭和34年5月24日に再建しました。
境内案内看板より抜粋

 サイトの主旨とは全然関係ないんですけど、軽くココロの琴線にふれるところが……。「毛塚」まであります。日本人は供養好きだからねえ。 「塚」コレクションとかUPしたら、見たい人いるのかな? 


UPDATE 2005/11/1