| 日本三稲荷 竹駒神社 | |||||||||||||||||||||||
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竹駒神社 竹駒神社は日本三稲荷の一社に数えられます。極めて霊験のあらたかな神社とたたえられ、衣食住の守護神であられる倉稲魂神・保食神・稚産霊神の三柱の神々をお祀り申し上げております。 縁起記によれば御創建は人皇五十四代仁明天皇の承和9年(842)です。 参議小野篁公が陸奥守として御着任の際、山城国紀伊郡伊奈利山に詣でて稲荷明神を国府鎮護の神となされんことを懇請されたところ、明神は篁公の至情に深く感じて白狐の姿を借りて現れ、篁公はこれを神示して畏み、御分霊を小箱に納めてともに鎮守府に向かいました。やがて奥州名取郡に入り南長谷村の橋にさしかかったとき、狐が鳴くこと八声にも及んだので、篁公これを怪しんで箱を開けてみると神霊が白狐の姿となり、たちまち走り出て武隈の茂林の中に賭け入り、姿を見失ってしまいました。そこで篁公は白狐の姿の消えた辺り一面に注連縄を張り、神社を創建しました。以後この橋が「八声橋」と呼ばれるようになりましたが、後世訛って「弥五郎橋」と呼ばれたということです。 山東北開拓・産業開発の大神として御創建され、古くは平泉藤原三代、降っては仙台藩主伊達家歴代の尊崇頻る篤く、特に大衆を慈しまれる神として崇められております。 現在も、東北地方はもとより関東一円、北海道等、国内各地より広く信仰を集めています。 |
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| 竹駒神社「日本三稲荷 竹駒神社」「初午のはなし」より | |||||||||||||||||||||||
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| UPDATE 2006/9/21 | |||||||||||||||||||||||