日本三稲荷 竹駒神社
所在地 宮城県岩沼市稲荷町1−1
御祭神 倉稲魂神
保食神
稚産霊神
御神徳 「産業開発」「五穀豊穣」「商売繁昌」「海上安全」
「家門繁栄」「安産」「厄除」「交通安全」「諸願成就」
主な
御祭日
 1月 1日          元朝詣
 旧元朝            元朝詣
 旧二月午日より7日間  初午大祭

                 秋季大祭
 


竹駒神社

 竹駒神社は日本三稲荷の一社に数えられます。極めて霊験のあらたかな神社とたたえられ、衣食住の守護神であられる倉稲魂神・保食神・稚産霊神の三柱の神々をお祀り申し上げております。
 縁起記によれば御創建は人皇五十四代仁明天皇の承和9年(842)です。
 参議小野篁公が陸奥守として御着任の際、山城国紀伊郡伊奈利山に詣でて稲荷明神を国府鎮護の神となされんことを懇請されたところ、明神は篁公の至情に深く感じて白狐の姿を借りて現れ、篁公はこれを神示して畏み、御分霊を小箱に納めてともに鎮守府に向かいました。やがて奥州名取郡に入り南長谷村の橋にさしかかったとき、狐が鳴くこと八声にも及んだので、篁公これを怪しんで箱を開けてみると神霊が白狐の姿となり、たちまち走り出て武隈の茂林の中に賭け入り、姿を見失ってしまいました。そこで篁公は白狐の姿の消えた辺り一面に注連縄を張り、神社を創建しました。以後この橋が「八声橋」と呼ばれるようになりましたが、後世訛って「弥五郎橋」と呼ばれたということです。
 山東北開拓・産業開発の大神として御創建され、古くは平泉藤原三代、降っては仙台藩主伊達家歴代の尊崇頻る篤く、特に大衆を慈しまれる神として崇められております。
 現在も、東北地方はもとより関東一円、北海道等、国内各地より広く信仰を集めています。
竹駒神社「日本三稲荷 竹駒神社」「初午のはなし」より
(♂)
大正5年4月
 立派なおキツネさんは、大正の建立。子抱きのおキツネさんは愛情たっぷり。
 広い耳が特徴的ですね。キツネの外見の三大特徴はといえば「ふさふさ尻尾」「スマートな口元」「大きな耳」となろうか。「切れ長の眼差し」というものも捨てがたい。でも、石狐で「耳」に表情を求めたものは珍しい。
 「子抱き」は母がデフォだと思うが、「玉取り」は父が受け持つ傾向が強い。重要アイテムである「玉」をお父ちゃんが持っているという見方もあるだろうケド、どうも「玉は男の子」ってアタマが働いている気がしてならない。

 楼門は随身門として随身像が納められているのですが、その裏には一対の木彫白狐像。――でかいな〜。木像は数多くありますが、なかなかお目にかかれない大きさです。木像は拝殿内などに居ることも多く、殆どUPしていませんが、記憶している中で最大。襟飾りがポイントです。

 壮大な唐門の手前に石灯籠が一対あるのですが、そこに石狐が納められていました。どうやら石灯籠にはじめから納められていたもののよう。

 骨董屋で買った小さな狐面の飾りに『竹駒神社』と書いてありました。上品な狐の豆面だ。昭和中ごろくらいの品物と思っています。「面」本来の張子製ではなくて、土焼のよう。
 いつも困るんだけど、骨董品は「もともと何か」がよくわからない。神社の授与品なのか、お土産品なのか、どこの誰が作ったのか。現在の竹駒神社授与品には見当たらず土産屋を2軒のぞいたけど、ついに見あたりませんでした。仙台が有名な堤人形の産地なのでそこで製作されたものか、やや顔立ちが似ているようです。いつものコトだけど、かわいいから良しとしましょう(笑)


UPDATE 2006/9/21