伏見稲荷大社
所在地 京都市伏見区深草藪之内町68
御祭神 宇迦之御魂大神
佐田彦大神
大宮能売大神
田中大神
四大神(しのおおかみ)
主な
年中行事
 1月 1日    歳旦祭
 1月 5日    大山祭
 1月成人の日  成年祭
 1月12日    奉射祭
 2月節分日   節分祭
 2月初午日   初午大祭
 4月 1日    献花祭
 4月8日に近い日曜   産業祭 献茶祭
 4月12日    水口播種祭
 4月20日に近い日曜  稲荷祭・神幸祭
 4月29日頃   稲荷祭・区内巡航
 5月3日     稲荷祭・還幸祭
 6月10日    田植祭
 6月30日    大祓式
 7月土用入後の日曜または祝日 本宮祭
10月体育の日の前々日と前日   講員大祭
10月24日    献茶祭
10月25日    抜穂祭
11月 1日    献花祭
11月 8日    火焚祭・御神楽
11月23日    新嘗祭
12月31日    大祓式
 
 
  伏見稲荷大社公式ホームページ
http://inari.jp/


伏見稲荷大社

 伏見稲荷大社は、全国に約三万社あるといわれる稲荷神社の総本宮です。
 和銅4年(711)年二月初午日に稲荷山に稲荷大神様が御鎮座されたことにより創建されたと伝えられ、来る平成23年に御鎮座千三百年の佳節を迎えます。
 古来、全国よりの篤い信仰をあつめています。
 本家本元の稲荷神社、伏見稲荷大社にやって参りました。……はじめて来ました。いやいや、京都は何度か来ているんですけど、キツネ好き(憑き?)になったのは、最近のハナシです。だから、初なんです。感無量っス。
 さてさて、出世稲荷神社にお参りして、迅速にわずかばかり仕事して――さて、「お山」するとしましょう! と気合十分鳥居をくぐったのが正午ごろ。「今夜は宵宮なので、ゆっくりとお山を一巡して、下りたら付近を探索して時間を過ごし、宵宮の頃合になったら戻れば良い。」そう安心して「お山」に向かいました。
――山を下りたら既に「宵宮」も終盤だった。何をされたのか分からない orz  時間かかりすぎです。……堪能できたので良しとしますが。

 寺社案内のこのテの地図は結構一つ一つの間が近いモノです。少なくとも東京では。
 でも、この地図はそうでもないのです。JR山手線の駅間のつもりで高崎線に乗ってしまった感じです。
 『枕の草子』の「うらやましげなるもの」の段に、この「お山」を詣でる話があります。つかれて凹んでいる清少納言に四十過ぎの女が声を掛けます。「七度詣でし侍るぞ。三度は詣でぬ」 そう言って女は清少納言の脇を駆け下りて行く――。「七周? そうかそんなにデカくないんだな」←ここが誤解でした。どんなアスリート母ちゃんが駆け抜けていったのだろうか。

銜・鍵 銜・玉
なし なし
昭和60年4月吉日
京都本町 高橋鋳工場
 銅製のおキツネさん。「玉と鍵」です。概ね「険しい表情」の部類には入るのですが、単に険しいだけではない表情が伺えます。

縦・玉 縦・玉
銜・稲穂 なし
なし なし
明治32年9月吉日
鋳造 平野吉兵衛
石工 吉村喜三郎
 こちらは「尾玉」「銜稲穂」のおキツネさん。稲穂にせよ、尾の火炎宝珠にせよ、石狐ではなかなか造りづらいところですが、そこは銅製おキツネさんの強みを活かして細やかに造り込まれています。
 この後もたくさんおキツネさんが登場しますが、伏見稲荷大社のおキツネさんは、それほど「人なつっこい」感じのものはないのです。エジプトの神を彷彿とする眼差しのおキツネさん。

銜・稲穂 なし
なし なし
明治28年4月8日
 東京でおキツネさんを見ている限りは、「釣り目」のおキツネさんの登場は大正〜昭和初期ごろです。このおキツネさんはそれ以前のものですから、このような雰囲気のもの、或いは京阪などで造られていたおキツネさんそのものが、後から東京に持ち込まれるようになったのかも知れません。

銜・稲穂 なし
なし なし
不明
 珍しく彩色のない木彫おキツネさん。でかい。
 表情がもう少し見えれば良かったのですが、どうにも角度が得られない。無念。

左(♂)
縦・玉 縦・玉
銜・稲穂 なし
なし なし
昭和58年5月3日
 消去法でいくと、稲穂を銜えているのがメスということになります。ほぼ、前掲の銅製おキツネさんと同型です。宝珠の火炎におみくじ結ばれちゃってます。

 拝殿の木彫のおキツネさん。「尾玉」です。
 ちなみに右図の「菊の御紋」の白地には同じく白で稲穂の図案が刺繍されています。参拝中ずっと「すげ〜」を連発していました。

 「お山」の千本鳥居を「朱の回廊」だとか言いますが、ピンポイントでそういう場所があるのかと思っていました。
 密度の差はあれど、「お山」の道には、まんべんなく千本鳥居がつづきます。
「千じゃきかねぇな〜」
 と感心しつつ行くと、ところどころに鳥居を引っこ抜いた穴や基礎がある。鳥居の耐用年数はどのくらいなんだろう? 振り返って奉納年月日をみると、昭和60年くらいのが古株なので、だいたい20年くらいのよう。数えることは到底無理だが、一万本を超えるという。
 10000÷20=500(本/1年)
 これが何百年と奉納され続けているということか。スゲ〜。

 杉の森のところどころが開けて、そこに大小の祠がひしめいています。それぞれにおキツネさん、おキツネさん、狛犬、おキツネさん……。これは見回るだけでせいいっぱい。いちいち撮影はムリ
 早々に断念して、おキツネさんを眺めつつ、気が向いたら撮影という方針にしました。豊川稲荷のときほどではないにせよ、結構同一のおキツネさんが多く見受けられます。時期的にも、せいぜい大正以降、ときおり明治の元号が見えるくらい。
 古いのはどっかに集めておいてあるんだろうか?

「お山」
銜・巻物 銜・玉
なし なし
東京よりの奉納なのですが「東亰市」と見えるので、明治ごろのものか。正面から見ると結構いい恰幅。

銜・巻物 銜・玉
なし なし
昭和14年10月
 「横尾」はないという予想はしていましたが、特に伏見稲荷大社では「尾の姿」自体が全体的に似通っていますね。
 このおキツネさん、目ぇ釣り過ぎです。

 たまに狛犬。
 変った持物だと思ったら、玉が割れてしまったもの。「なんで伏見稲荷大社に奉納するのに『狛犬』なんだろう?」
 疑問です。案外目立ちたがり屋さんなだけだったりして。

銜・巻物 銜・玉
なし なし
大正4年10月
そういえば春のリカルデントガムのCMにキツネがいましたね〜。♪噛みたい、噛みたい、リカルデント〜♪

銜・巻物? 銜・玉
なし なし
不明
亰都 石茂
 表記が「亰都」です。
 前足の具合といい、流し目といい、ただ者ではない。
 「銜・巻物」としていますが、「紐」を接続すると見られる金具が残っており、「鍵」が破損したものの可能性が高いです。

なし なし
不明
 あとであらためて書きますが、このオデコの縞模様は「眉」っぽいです。

 全般的に「おキツネさん」というものについてのイメージが統一されている雰囲気がありますが、時流によるものか、石匠ごとの癖か、少々のバラつきがあるのが楽しいです。
左は「瞳の彫られているおキツネさん」。瞳が彫られるようになるのは、おキツネさんも狛犬も、おおむね幕末〜近代以降のことで、時代が下るに従って割合が増します。
 このおキツネさんはヒゲといいキバといい、とても丁寧に作り込まれていますね。

 うわ、水吐いてるよ(笑)。
 珍しいことこの上ない、「手水吐出トビギツネ特大サイズ(頭玉)」。
 考えついた人もスゴイが、奉納を実行した人は更にスゴイ。一般的な規模のお稲荷さんにコレを奉納したら神主さんは拒むんじゃないだろうか? 存在感ありすぎです。

なし なし
昭和38年2月8日初午
 水色の前掛けは、よく見るとペーズリーだったりします。この前掛を縫った方は随分おしゃれな方なんでしょう。伏見稲荷大社のベストドレッサーです。

 おキツネさんの型は、どこまで行ってもここからは大きく逸脱することはないようです。

なし なし
不明
 そんなに目立つところに居るワケではないのですが、興味を引かれたおキツネさん。比較的古いもののように見えます。
 「尾玉」ですし、他のおキツネさんにはない雰囲気があります。丸っこくてかわいい。

なし なし
平成15年11月28日
 これは東京でも数多く見られるタイプのおキツネさんです。量産体制が整っている型とは分かっていましたが、今回伏見稲荷大社のお山を一巡して感じたのは、「このおキツネさんの型は伏見稲荷大社に数多く奉納されている型から発生したものではないか」ということ。
 下の4体のおキツネさんを見ると特徴的なオデコに気が付きます。このオデコの縦縞模様はどうやら眉毛を示す線が変形したものと見えます。下の左画像のものに「眉毛」っぽさがよく残っています。
 だんだん単純化・象徴化されていった結果が上のオデコではないか。現在数多くある上のおキツネさんのオデコを見て、即座に「眉毛だ」と思う人は少ないだろうと思いますが、並べて見ると「眉毛」です。
 また、伏見稲荷大社のおキツネさんのほとんどは「銜・巻物/銜・玉」です。下左のおキツネさん(時期不明)の銜えている筒状のものには尻に金具がついていますが、これに接続しそうなものといったら、「」の類です。「巻物」に「紐」はつけません。「紐」がつくもので、おキツネさんの持物といえば「」です。ちょうど下右の画像の姿です。もともと「鍵」を銜えていたおキツネさんが、近代のいつ頃かに「間違えて」または「(破損しやすい等の理由で)意図的に」持物を「巻物」に転換していったと想像できます。実際、下左のおキツネさんの持物は破損していて、元が何なのか分からなくなっています。下左から2つ目(明治28年)、こちらは破損の跡もなく、巻物。これは伏見稲荷大社ではかなり古いおキツネさんなので、元来「銜・巻物」も「銜・鍵」もあったが、徐々に「巻物」が主流になったと見るべきか。
 ちなみに伏見稲荷大社側で「鍵」を嫌ったということはなさそう。製作者か、奉納者側が「壊れやすいから」やめたのか?
 たしかに石匠さんにしてみれば、完成品を納めようとしたら「ポキッ」てなことがあったら、やりきれない。

 とらわれの猫……にしか見えないケド、どうやら熟睡中のご様子。僕以外にも心配した人がワラワラと集まっていましたが、猫は起きる様子もなし。この狛犬は台石がとても高いので安全なんだろうね。
 「明治15年」の狛犬。

 このおキツネさん、どこかで見たことがあると思ったら、文京区本郷の櫻木神社の石狐(昭和15年奉納)に雰囲気が似ています。尻の毛が長く垂れているあたりもよく似ています。
 もともと櫻木神社のおキツネさんには、それ以前の東京の石狐群との違和感を感じていたので、こちらに由来する型だとすると納得がいきます。
銜・巻物 銜・玉
なし なし
不明

銜・巻物 銜・玉
なし なし
不明
 伏見稲荷大社の「銜・玉」のおキツネさんは高い確率で「玉の先」を正面に向けています。というか、銜えている玉にもしっかりと「三重丸」が彫られています。東京の「銜・玉」は半田稲荷神社(昭和10年)ほかの若干の例外を除いて、のっぺらぼうの玉です。おそらくは半田稲荷神社の昭和10年のおキツネさんが、こちらで作成されたものなのでしょう

 お山の「三ツ辻」の茶屋『三玉亭』で稲荷寿司を注文。桶が運ばれてきました。
 三角!
 やっと三角の稲荷寿司にたどりつきました。三角なのはキツネのトレードマークの「耳」のイメージなんだとか。桶には六つの「耳」がピンと並んでいます。
 揚げの色の鮮やかさも京都の稲荷ずしらしいところ。いくつでも食べられそう。
 


UPDATE 2006/8/9